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2011.04.20 12:38|旅日記
成人式を目前に控えた19歳の冬。

学校帰りに携帯電話が鳴り

「どうしよう泰子・・・お父さん・・・死んじゃったよ・・・」

と母殿下だった我が家では聞いたことの無い
酷く動揺した母の声がそう告げました。


私は誰にも弱みを見せれない母が心配で
少しでも母の傍にいようと
就職を止め家業を手伝うことにしました。

実家は従業員を7~8人抱えた
小さなスーパーを営んでいたのですが
もともと働き者だった母は
父が他界後も その寂しさや悲しさを紛らわすかのように
睡眠以外のほぼ全ての時間を仕事に費やしていました。

しかしヘルニアの手術をしてまだ間もなかった母は
本人が思うようには動けず
店はどんどん右下がりに落ち込んでいきました。


それでも沢山の方々の励ましや想いを抱え頑張り続ける母。


そんな母の姿を日々観察していると
「私がいるから母は頑張り続けようとしてしまうのでは?」
と思い耽るようになり ある日 恐る恐る母に聞いてみることに・・・。

すると あっさり「そうだよ」
とまったく悪気なく屈託なく母は答えました。

そうなんです。
母は近所でも評判のかなりの天然ちゃん。

だのに
当時 青かった私は相当なショックを受け
「このままだと母が過労死してしまう。一度 実家を出よう。」
と意を決したのでした。

そして
国内にしとけばいいのに・・・もっと言えば道内にしとけばいいのに
バカだった私は
夜な夜なネットで東南アジア行きのチケットを手にするのでした。


                           
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2011.03.30 17:00|旅日記
家族みんなで胃腸炎になってましたw

今のところ次男を残して3人とも回復。

頑張れ!航成。




さて旅日記ですが・・・



話は遡る事10年前。

当時 学生だった私は製図等の課題等で
最終電車で帰ることが多くなったのを期に
往復3~4時間の汽車通を辞め釧路での1人暮らしをスタート。

その時 生活費を稼ぐためバイトを数個掛け持ってたのですが
『不況』と嘆く大人達のずるさに(当時はその言葉に逃げているようにしか見えなかったw)
18だった私は誰もが思春期に陥る月並みの葛藤と
反社会的感情を胸に抱えていました。

そんなある日 ある一冊の本に載っていた
貧しい国に住んでいる輝かしい目を持つ人達の写真を見て

「この国に行けば お金が無くても希望を持ったり
 人が幸せになるヒントがあるかもしれない!」

と かなりの単細胞的な発想で
バックパッカーへの憧れを抱いたのでした。

その写真の中の人々の持つ目の輝きは
腕の良いカメラマン達が
無数に撮った写真から厳選されたものだなんてことは露知らず
夢に向け 若かった私はひとつ、またひとつとバイト増やし 
気が付くと7個のバイトを掛け持ち
不眠不休の如く働きまくって貯金してました。

しかしながら人間 寝なきゃ生きていけません。

残念なことに私は
運転中に寝てしまう・・・と言う大失態を犯し
車を廃車。。。

こんな時 どうすればよいかわからなく
グッシャグシャになった車を運転し実家に帰った時のことを良く覚えてます。

印象的だったのは母にこっぴどく叱られてた時に
その後ろで「派手にやったなぁ」と笑ってくれた父に
やらかしてしまった自分の居場所を見つけれたこと。 
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プロフィール

Cafe Bar CHISE(ちせ)

Author:Cafe Bar CHISE(ちせ)
珈琲とお酒と軽食のお店。
チャージ料金なし。
都寿司さん向かい、寶龍さん隣。
店名の由来はアイヌ語の「チセ」。

open 19:00~25:00
close 日曜日
Tel 0154-23-7255
Mail red-heart@hotmail.co.jp

お店の地図はこちらから

写真の撮影は
PENTAX K10D
PENTAX FA35mmF2AL
にて修行中。

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